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Feb 2, 20262 weeks ago

I Used to Think Only 'Chosen People' Could Become Regulars at a Vintage Shop

スイスイ/エッセイスト@suisuiayaka

AI Summary

This is a personal essay about a profound transformation that began with a single book and a leap of faith into a vintage clothing store. The author, a new mother stuck in a rut of fast-fashion "uniforms," believed the world of curated, meaningful style was reserved for the naturally cool and charismatic—a world she felt permanently locked out of. That all changed when a chance encounter with a book on Yohji Yamamoto ignited a forgotten spark, compelling her to visit a shop she had long admired from afar. The piece beautifully details her visceral, almost overwhelming rediscovery of the joy of clothing within the walls of the shop "some," and the deeply personal, attentive service provided by the owner, Kazuyo. This experience led to a radical act—discarding her entire wardrobe—and catalyzed changes far beyond fashion, affecting her health, confidence, and even her personal relationships. The core, heartwarming insight challenges the very notion of being a "regular," arguing it is not a status earned by being cool, but a natural destination arrived at through genuine love and connection. To follow this journey from self-doubt to self-discovery, and to understand how "just clothes" can reshape a life, read the full, evocative article. It’s a testament to finding passion in unexpected places and the shops—and people—that help it flourish.

6年前28歳の秋。

友達と知人の間くらいの同世代女5.6人くらいで集まったとき、そのうち一人が信じられないくらい良い格好で現れた。他の誰かが「そのコートかわいいね!」と声をかけたら「ビンテージの服にハマってる」とのことだった。「もう安い服とかじゃなく大事な数着を長く着続けることにした」と語るその子に私は「いいなあ」とか「私もそうしたいなあ」とかじゃなく「そういう人生の人は良いよね」と思った。つまりその瞬間「私の人生には関係ないことだ」と大きく感じていた。

モデルのような人々がイケてる店のオーナーとのツーショットを載せ「初対面なのに意気投合」等と書いているのをみると「そんなんは無理」と思ってた。私はすぐ挙動不審になるし話術もないし小顔でもない。“イケている人たち”のオーラが皆無なのだ。しかもその頃、毎日毎日どうでもいい服ばかり着てた。子供に汚されても引っ張られても特に落ち込まない、どれだけでも替えの効く白か黒かグレーのファストファッション。長男を産んで1年半目くらい。それがもう自分の制服って感じだった。つまりつまりつまり繰り返すが、イケているお店の常連になる人生とは、程遠いと思っていた。

山本耀司の本を渡される

その格好で3年過ごしたまま、私は31歳になっていた。

ある日いつもの美容院で、担当してくれていたオーナーさんが全身ヨウジヤマモトになっていて、なぜかと聞けば「これを読めばわかってもらえると思います」とカラーリングの合間に一冊の本(『たかが服、されど服ーヨウジヤマモト論』)を渡されたので、わけもわからず読んでみた。

読み終えて顔をあげたとき。今でもよくわからないのだけど「自分の服装を見直そう」と決めていた。衝撃が大きすぎて脳が追いつかなかったのか、具体的にその本のどんな言葉にどう何を感じたか一切覚えてないのだけど、目の前の鏡に映る、しまむらで買ったオレンジのロンTを着た自分まるごとを、変えてしまいたくなった。いや“変えなければいけない”という衝動にかられた。

頭の中にずっとあった“あの店”

それまでビンテージショップなんて入れないと思ってたのに、そのとき私は「ずっと行ってみたかったあの店」を思い出して、次の日、ひとりで行ってみた。

鶴舞という、周りに古着屋も少ないエリアにある「some」という店。インスタか何かで知ってずっと気になっていたけど、今の自分の格好でいけるわけがないし、勇気がでないままだたった。なのにそのときは「いま行くしかない」と思った。何かに突き動かされてるみたいだった。

中に入ったらそこは

はじめてその店に入った瞬間の感情を、いまでも!覚えてる。その日店員さんにも思わず口に出していたが私はお店に入った瞬間に「服って楽しいんだった…」って、思い出したのだ。

いやそんなテンションじゃない。服ってたのしい服って!たのしい!服ってたのしいああそう服ってたのしいたのしいたのしいたのしい服ってこんなに楽しいんだ楽しかったんだそうだわあああああああああああああああああああああああああああああああって感情が濁流のように溢れて次から次に商品を手に取ってしまっていた。そうだ、私は大学生のとき、思いっきり服を楽しんでいたんだった、その感情を久々に思い出していてもたってもいられなくなった。それほどに、衝撃的にかわいい、感性がぼこぼこに殴られるようなディスプレイだった。

聞けば、商品はアメリカやフランス、ドイツの古着らしく、そのどれもが思ってもみないワクワクするようなコーディネートで並んでいた。大袈裟じゃなく、ワクワクしすぎて半泣きになってた。小さな試着室で試着したら、なんかもうほぼ泣いてた。私が私じゃないみたい、着替えた瞬間時空のレベルが100億段階あがって世界が洗い流されてきらめく、いやもうなんていうかわかんない、混乱に似た興奮がそこにはあった。

何点か服を買ってその一週間後、私はまたそのお店に足を運んでいた。二度目に行ったその日、初日にはいなかったオーナーの女性がいた。

家にある服をぜんぶ捨てた

初対面なのに「あ、先週きてくださった方ですか?」と言われ、私が肯定すると、そのオーナーさんは私が初日に買った服をすべて暗記していて、それをベースに別のコーディネートが叶う服も提案してくれた。ファッション素人すぎる私をバカにすることなく、質問にも思慮深く丁寧に答え尽してくれた。子供の頃はじめてディズニーランドいったときってこんな気持ちだったのかな。それはなんかもう、濃度の高い夢の中みたいだった。その日もワクワクする服をたくさん買えた。帰り、お客さんみんなに聞いてるようで、インスタのアカウント名を聞かれ、お店アカウントと相互フォローになりその日DMが来た。コーディネート悩んだらDMでも聞いてくださいね!という感じの内容だった。

そして。いまでも結構びっくりするが。燃えるゴミの日だったその日、帰宅してもまだ14:00の回収に間に合う時間で、私はもともと家にあったすべての服を、ゴミ袋につめて、全部捨てたのだ。

汗だくになり7つ目のゴミ袋を家の前においたとき、ちょうど収集車がきて全部乗せられ去っていった。クローゼットに残ったのは買ったばかりのビンテージ数着だけだった。「これからは、大事にできる服だけを、長く大事に着て生きよう!」と清々しく、決意してた。

通った日々

それからは2.3週間に一回ペースでお店に通うようになった。当時私は週一の連載を抱えていたのでわりと忙しく、それを子供達が幼稚園とプレスクールに行っている間にこなさなくてはいけなかったから時間がなくて、お店には高速を飛ばして通った。

オーナーの女性は私と同世代で、カズヨさんと言う。初日にいなかっただけで、あとはほぼ毎回その人がお店にいた。(ちなみに、うちの長男と同い年のお子さんもいるママ)

その頃お店にいくたび最低5.6着は買っていたのだけど、カズヨさんは相変わらず私が買ったすべてのアイテムを覚えてくれているので、たとえば私が試着して気に入ったものがあると、これはスイスイさんが持ってる○○でこうやって合わせたり、他に持ってる○○や○○でもこう合わせるのありですよ、など超具体的に提案してくれた。

ある日私が「着こなせるか自信がないけどめちゃくちゃ欲しいチャイナシャツ」を買うか迷っていたときも。「大丈夫です。着こなせないってなったら私がコーディネート考えるので」と言ってくれて、実際そのカーディガンは私の生活の主役になった。

嫌なことがあって憂鬱な夜も、次の日なにを着るか考えるだけでわくわくするようになってた。自信がない打ち合わせの日も、戦闘服のように私を鼓舞してくれる「服」という存在は、奇しくもあの本のタイトル『たかが服、されど服』そのものであり、私は鏡に映る自分をどんどん気に入っていった。

通い始めて3年。年間最低60着くらいを買い続けた私は、365日全身、そのお店の服を来て生活している。ここで。このお店に通う前と通ったあとの写真を並べてみる。

【2017年、このお店に出会う数ヶ月前の私】

【2020年、今週のわたし】

伝わるだろうか。私が変わったのは「服」だけじゃなかった気がするのだ。

たかが服、されど服

このお店に通い出した2017年9月から、あらゆる事が変化し始めた。まず、本格的にダイエットを始めた。服たちに似合うように、体型を変えたいと思ったのだ。その頃から

・グルテンフリー生活
・半年に一回の6日間断食
・筋トレ

をはじめ、合計8キロくらい痩せた。メイクもヘアスタイルも冒険するようになった。それまでは「子供も2人できたし今さら美容に必死になるとかイタいのでは」と思っていたけど、とにかくこの愛すべき服達が似合う自分を楽しもうとするようになった。古着はファストファッションと違い、世界でひとつの一点ものばかり。私は服を丁寧に扱うことを楽しみ、それまでグシャグシャだったクローゼットも常に整頓するようになった。

どうでも良い女子会にいかなくなった

さらに、予想外に大きく変わった事がある。人間関係だ。どうでもいい女子会に行かなくなった。まさにこのエッセイ冒頭で登場したような、友達なのかよくわからない相手との関わりは一切なくなった。好きな服だけ着るようになってから「自分はどんな物や相手や時間が好きなのか」を自然と考える事が多くなり、大好きな相手と過ごすことだけを重視するようになった。どうでもいい悩みも減り、心が軽くなった。

気づけばずいぶん表情も変化した気がする。わたしはこのお店に出会えたことで、大袈裟じゃなく、人生が変わってしまったように思う。

常連になれる人、なれない人

そうしてこの春、わたしは関東に引っ越した。つまりお店と物理的に離れてしまった。そんななか先月、約3ヶ月ぶりに名古屋に帰った私は、事前に予約してそのお店に来店してみた。(コロナ禍の影響で予約制になった)

すると……店内を覗いた瞬間絶句した。お店の中がすべて、私好みの服で埋まっていた。(私はショッキングピンクの服が入荷するとすぐ買うのだ。その日入り口はピンクだらけだった)店内に入ると、発売したばかりの私の初書籍まで飾ってくれていた。

この日わたしは、いつも通り大量の服を抱えながら入った試着室の中で急に「あの遠い記憶」を思い出したのだ。女子会で、自分は「あっち側」にはいけないなと軽く絶望したあの記憶。でも待って、わたし、まさに今「あっち側」でファッションを、楽しめているのでは?最高で大切な服だけを大事にして、生きていられているのでは?と。

オーナーのカズヨさんは、私の好みも、苦手も、サイズ感も全てわかってくれている。お店に行けば奥から私が好きそうなアイテムを大量にだしてきてくれるし、似合う服を提案してくれる。専属のスタイリストさんがいてくれるような気持ち。

では。なぜ私は、無理だと思っていた自分になれたんだろう。つまりなぜ、「イケてるビンテージショップの常連のような感じになりファッションを楽しめる人になれた」んだろう。6年前の自分に耳打ちするように答えを書くとすれば、それは愛です。……は?という感じかもしれないがそれが答えだ。説明する。

「常連」は、資格じゃない。

まず、「常連」っていうのは
・「お店の人と意気投合」する人格
・センスやスタイルがいい
みたいなイケてる要素がある人だけが得られる資格だと思ってたし、そういう人だけがお店から「選ばれる」と思ってた。

だけど全然違った。常連になるには何の資格もいらないし、そもそもお店が「常連にさせるかどうか」選別をするものでもない。

私はただ、通わざるを得ないほど、このお店を愛してしまっただけなのだ。

インスタでかわいいアイテムが更新されてたらいてもたってもいられなくなり足を運ばずにいられなかった。通い出して8ヶ月後にもう1店舗オープンしたときは嬉しすぎてお花を贈った。新しいお店までオープンしてくれてありがとうございますという感謝100%だった。

常連っていうのは目指すものじゃなく、気づいたらなってるものなのか…愛の着地点として。(というか恋愛もそうだよね。「めちゃくちゃマメなタイプの彼氏になる!」というのは決意してなるものではなく、マメに連絡したくなるほどに相手に夢中なことでマメ彼氏ってできるんだよな)

ちなみにこの文は誰からも書くように頼まれていないしオーナーさんに一言も伝えず勝手に公開しようとしている。でもなぜ書くのかといえば、私がこのお店をあまりにも愛しすぎており、少しでも多くの人に「この体験」をして欲しいから。それだけである。

「この体験」とは?

「常連は資格じゃない」と書いたが、ただしお店によっては、お店側が選びぬいた人しか常連的に扱われないケースもあるかもしれない。だけど私が愛したこのお店は、お客さんをまったく差別しない。

どのお客さんにも、たとえば初来店であろうとも、その人のライフスタイルや好みや願望や人生に、とことん向き合い尽くしてくれる。そこにもまごうことなき愛があり、愛を持って全力で、「服ってたのしい」という衝撃を与えてくれるのだ。

服を、自分を、生活を、この先の未来までも、まるごと愛するという充実した日々を、どうか体験してみてほしい。このお店が並走してくれる。

そして。繰り返すが今回のこの文、誰に頼まれたわけでもなく私が勝手に書いてる。書かずにいられなかった。なぜなら。普段は名古屋にあるこのお店が、明日から表参道でポップアップショップを展開するのだ。オーナーのカズヨさんもいる。

私は初日のオープン時間に行きます。コロナ禍、オンライン接客もはじまって全国どこからでもカズヨさんに接客してもらえるけど、でも、どうか、どうか都内のみなさんは一度この機会に来店してみて欲しい。

とくに、かつての私のように、服を楽しむことを諦めたあなたこそに、どうかもう一度、この楽しさを体感して欲しい。間違いなく、あの日の私のように、世界が変わってしまう人が、必ずいるから。

(注:これは2020年の記事でこの情報は6年前のものです、以下は終了したイベントです)
■「SOME popup shop」場所:表参道ROCKET住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3階期間:2020年9月18日(金)〜9月23日(水)時間:11:00〜20:00(9月23日は18時まで)

someのみなさん、かずよさん、いつもありがとうございます。カズヨさんがこのお店をオープンしてくださったことで、私の毎日は最高です。これからも健やかなる時も病めるときも通い続けます、大好き。

おわり

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【2026年追記】
なんと、このnoteから6年経ちました!some実店舗は2025年初夏に前向きな閉店をして、いまオーナーのカズヨさんは、家にいながら自分だけに似合う服が届くサービスや、買い物同行など、さまざまな新しいサービスを運営しています。詳しくは @some_kazuyo(インスタ)にあるかと思います!

2025年に書いた閉店までの最高続きエッセイ
https://note.com/suisuiayaka/n/n580fea0916d6

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この記事は2020年にnoteに書いたものを加筆修正したものです。
元記事/https://note.com/suisuiayaka/n/n5ca089d76da2

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おまけ 27歳と40歳(今月の変化)

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スイスイ/エッセイスト