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Feb 7, 20261 week ago

Why Does the "Ishin no Kai" Party Always Win Big in Osaka? An Explanation from a Former Osaka Resident.

ヨッピー@yoppymodel

AI Summary

This article offers a nuanced, insider's perspective on the enduring political dominance of the Osaka-based Ishin no Kai party, moving beyond simplistic critiques to explore the complex cultural and historical factors at play. It's a compelling read for anyone puzzled by Osaka's unique political landscape, as it traces the party's origins to the powerful influence of local media personalities and a deep-seated regional identity that often views Tokyo with skepticism. The author argues that Ishin's rise was fueled not just by charismatic leadership but by a perfect storm of local promotion and a public receptive to a distinctly "Osaka" voice. The core of the guide delves into the tangible reasons for Ishin's sustained support, despite controversies. It highlights the party's early and aggressive reforms against what was perceived as a bloated, inefficient bureaucracy, a move that resonated with many residents. Furthermore, the author points to visible urban improvements—such as the revitalization of major parks and the expansion of childcare support—that created a palpable sense of progress for citizens. This "they're getting things done" image is bolstered by a fortunate timing where economic recovery and tourism booms coincided with Ishin's tenure, creating a powerful contrast with the previous era's failures and debt. The analysis acknowledges valid criticisms, particularly regarding gentrification, but suggests that for many voters, the overall feeling that Osaka has become brighter and more dynamic under Ishin outweighs these concerns. Ultimately, this is not a partisan endorsement but a cultural and political explainer. It encourages readers to understand Osaka's political choices from within its specific context, rather than dismissing them outright. To fully grasp the intricate blend of media history, regional pride, policy outcomes, and sheer timing that defines Ishin's success, the complete article provides essential depth and firsthand insight.

こんにちは。「豚に真珠」の豚ことヨッピーです。
明日は衆議院選の投票日ですね!

選挙が近くなって「大阪は維新が有利」みたいな報道がされるたびに「維新に騙されてる大阪人はクルクルパー」とか「なんであんなカス政党が大阪人に支持されてるのかわからん」みたいな言説が増えるので解説しておきます。

ちなみに3年くらい前に書いた記事の加筆修正版です。公開当時「めちゃくちゃわかりやすい!」とか「大阪人だけどこれはマジでその通り」とか絶賛されてたくさん読まれた(30万PV) ので気分が良かったです。「政治的な話題だし荒れるかもな……」とか思ったんですが意外と褒められた。

〇維新が出来たきっかけについて

この辺関西人以外はあまり知らなかったりするので書いておきますが、維新の会が出来たきっかけは「西の帝王」ことやしきたかじん氏です。

この「たかじん」氏について関西圏以外の方々には全然ピンと来ないと思うのですが、ご存命の間は、関西ローカルとは言え高視聴率のレギュラー番組をいくつも持っており、番組の編成やキャスティングにも決定権を持っていたので関西圏では本当に「帝王」として君臨しておりました。

対抗できるのは「女帝」と言われる上沼恵美子さんくらいだったかと。全国で言えば全盛期のビートたけしさんや「ヘキサゴン」の頃の島田紳助さんみたいな感じを想像すると良いかもしれない。それがずーっと続いておりました。

ちなみに関西圏ではゴールデンタイムでも普通に関西ローカル番組を流しているし、予算もそれなりにあって出演するゲストの方々も全国区の人が出てくるので他の地方の「ローカル番組」とはちょっとイメージが違うかもしれません。

そして維新の会を作った橋下徹さんは元々大阪在住の弁護士だったわけですが、弁護士の肩書きで大阪のローカル番組に出たり「行列の出来る法律相談所」なんかに出ていたりする内、前述の西の帝王、やしきたかじん氏の「そこまで言って委員会」にレギュラー出演するようになり、関西圏でどんどん知名度を稼ぐようになります。

その後、やしきたかじんさんや島田紳助さんの後押しで橋下徹さんが政界入りを決意した、と言われているのですが、この流れを在阪メディアが持ち上げました。

橋下さんがたかじん氏と親交を深め、関西圏での知名度を稼ぐ発端となった「そこまで言って委員会」は読売テレビの番組ですが、読売テレビだけでなく在阪テレビ局がこぞって橋下さんを応援するようなスタンスを取っていたように思います。

いかんせん「西の帝王」ことやしきたかじん氏や島田紳助さんのプッシュもあるわけですし、この流れに正面切って戦えるメディア人、コメンテーターは居なかったんじゃないかなー。当時のたかじん氏と紳助さんに逆らったら関西芸能界では生きていけないからね……。

そんなわけで在版メディアからの大プッシュを受けた橋下さんが圧倒的な強さで知事になるわけですが、その後の維新の会の立ち上げ・及び躍進には大阪人の根底にある「東京嫌い」みたいなものも相当影響したんじゃないかと思っています。

大阪にあるテレビ局は「準キー局」と呼ばれ、東京にある「キー局」とは伝統的に仲が悪い、とされています。これは僕が就職活動をしていた20年前のイメージなので今では状況が違うのかもしれませんが、20年前くらいまではまことしやかに言われておりました。ちょっとややこしいので一覧にします。

キー局(在阪準キー局)

日本テレビ(読売テレビ)
フジテレビ(関西テレビ)
テレビ朝日(朝日放送)
TBS(MBS)

何故仲が悪いのかと言うと、そもそも朝日放送やMBSはテレビ朝日やTBSより開局が早いですし、MBSはTBSの大株主だったりしますし、母体となっている朝日新聞も毎日新聞も元々は大阪の新聞社です。つまり、「ワイらこそ本流やんけ!」っていう意識がある。

だからこそ在阪メディアは「我ら大阪独自の政党を!」みたいな思いがあっただろうし、「橋下知事が爆誕したのはワイらのおかげや!」みたいな仲間意識もあったんじゃないかしら。

そして同じように、大阪の人って「東京なんやねん」みたいな気持ちを持ってる人が今でもけっこういます。若い人たちはそうでもないけど。おっさん世代以上、くらい。

キー局準キー局の争いと同じように、大阪発の日本を代表するような大企業が軒並み本社を東京に移してる事について「ワシらの方が本流やったのに、国策で大阪の利権を東京に取られた」みたいな感情を持っていたりしますし(歴史的には事実そうなんだけど)、その辺のこともあって「東京ナンボのもんやねん」みたいに思ってる人達はけっこういます。だからこそ自民党(=東京)ではなく維新の会(=大阪)をこぞって支持したんじゃないかなぁ。

つまり、「帝王ことたかじん氏や島田紳助氏のプッシュ」が橋下さんを産み、「在阪メディア&視聴者の東京コンプレックス」が維新の会を育てた、という流れはあるんじゃないかしら。

知事になった経緯は横山ノックさんの時と同じような流れな気がするので、この辺をもって「大阪人は身内感で政治家を選ぶのか」みたいな批判については「確かに大阪ってそういうきらいはあるよね」って僕も思いますし、ある程度正しいと思います。

ただし知名度で選んでいるというよりは「より大阪っぽい人を選んでいる」という方が正確な気がします。大阪人には「大阪っぽい人に大阪の政治をやって欲しい」っていう感情があって、その裏側に東京コンプレックスがある、っていう。大阪の政治家って他の地方に比べるとみんなゴリゴリの方言で話しますよね。

〇「維新は頑張っとる」のイメージ

そんな経緯で橋下さんが大阪府知事になり、その後のダブル選挙で大阪市長及び大阪府知事の両ポジションを維新が抑えて以来、大阪はずっと維新の会による政治が為されているわけですが、コロナ禍の折、吉村知事のイソジン発言や雨ガッパ問題、そして大阪が死者数最多といったネガティブな報道が成されるたびに、冒頭で書いた通り「なんで大阪はこんな連中に政治を任せてるの?」みたいな声を多数見かけます。最近では国保逃れの件でもさんざん言われてましたね。

こういうやらかしがあったとしても、大阪府民の声は「維新は、頑張っとる」に集約されるんじゃないかと思います。もちろん反維新の人も居るし大阪府民が全員そう思ってるわけではありませんが。

このへん、なかなか他府県の方々には理解されづらい大阪特有の問題もあるので、ちょっと細かく書いていこうと思います。

・公務員問題

かつての大阪は「公務員天国」なんて言われており、人件費その他で相当財政を圧迫しておりました。大して仕事をしてないくせに給料だけは高くて人数も多い、みたいな。関西圏では散々報道されて大きな問題にもなっていた話です。

これは僕の周囲の話であり実話なのですが、僕の知人が父親のコネで市の職員になり、市バスの整備をする仕事をしていたのですが、仕事と言えばバスの点検整備その他の業務を行う事です。

しかしながらバスの操業中はバスが待機所から出て行くため整備する対象がそもそも居ないわけでして、その知人はバスがはけてだだっ広くなった待機所で、定時が来るまで毎日キャッチボールやったりサッカーしたりして過ごしていたそうです。その点検・整備の仕事ですら「若手の仕事」だったらしく、中堅以降の人達は出勤するだけして後はテレビを見ていたり、持ち込んだ自分の車を改造して過ごしていたりしていたそうで、その僕の知人は「俺は税金泥棒って言われてもなんも言い返されへんわ」って言ってました。

また別の話なのですが、当時バイト先が一緒だったA君は高校を卒業してこれまた市の職員になったのですが、そのA君の勤務先は特定の地域の人しか採用されない事で有名な局で(詳しく書くとややこしいので割愛)、バスの整備と同じく一日の勤務時間の内、半分くらいは特にやることがなくテレビを見て過ごしていたとのことであります。まあ完全に利権化していたアレです。

こういう実態に人員削減や給与削減その他でメスを入れたのが橋下さんで、僕の父親も教員であり大阪市の公務員だったので父親は蛇蝎のごとく橋下さんを嫌っておりました。僕の父親もあと1年定年が遅かったら退職金を数百万っていうレベルで削られるところだったそうです。「あと1年遅かったら危なかったわ」などと言ってたことを覚えております。

公務員って、まあ親戚や友人関係をあたればひとりやふたり居るものですから、そういう実態って大阪の人はみんななんとなく知っていて「あれ、なんとかならんのかいな」と思っていたフシはあり、大きく報道されて問題になったりもするのですが、いかんせん職員の労組がめちゃめちゃ強かったのでナアナアになっていたのではないかと思います。結局市長選で労組が担いだ平松さんに橋下さんが大勝したことによってその後橋下さんがメスを入れる形になるんですけど、ブチ切れた労組が檄文を飛ばしまくったりでハチャメチャに対立してましたね。

市の職員が子どもに刺青を見せた、みたいな話から橋下さんが全職員に対して刺青の有無をチェックしようとして「人権侵害だ!」みたいな感じ労組が反発、ケンカしてた話は全国でもけっこう大きく報道されておりましたが、まあ、一般的な感覚からすると市の職員の袖から刺青が見えてたら、まあ、ねえ……。

こういう、vs公務員みたいな話ってあんまり首都圏だと話題にならないと言いますか、東京都職員の待遇が良すぎるとか、官僚の待遇が良すぎるとか、そんな風に思ってる人は割と少数派というか、むしろ「激務なのに給料安くて可哀想……」くらいに思ってる人が多いかと思うので関西圏以外の人にはあまりピンと来ないのではないかと思っています。

・公園の整備

そんで次に公園その他の整備です。僕の地元には大阪城公園というデカい公園があります。東京の代々木公園の倍の大きさです。めちゃくちゃデカいです。いかんせん地元なので大阪城公園で花見をしたりジョギングしたりスケボーしたりとしょっちゅう遊んでいた場所でもあります。

しかしながらこの大阪城公園、僕が子どもの頃は親や学校の先生から「夜には行くな」と言われるような場所でした。何故かというとホームレスの方々が夜な夜なお酒を飲んで宴会してたりするからです。ブルーシートで作られた小屋が林の中に点在してたりしました。

ホームレス以外にもヤンキーがシンナー吸ってたりしましたし、まああんまり雰囲気の良い場所ではなかったわけです。

ちなみに維新の会が公式でこんな事を言っていて「ウソを言うな!」と盛大に突っ込まれておりますが、突っ込んでる人達の言う通り、「ほとんど人がいなかった」なんてことは全然なく、「それなりに人が居たけど治安というか雰囲気はあんまり良くなかった」くらいの方が正しいと思います。

そんな大阪城公園の運営を民間に委託するなどして整備を進めた結果、スタバが出来たりJO-TERRASEというオシャレな複合施設が出来たりで雰囲気がガラッと変わりました。僕も地元に帰った時に立ち寄ってけっこうビックリました。子連れの人達がめちゃめちゃ増えてる。

そして市内にあるもうひとつのデカい公園、天王寺公園も大阪城公園と同じく、ホームレスの人たちがたくさん住んでいた場所で、当時「青空カラオケ」という1人100円払うと歌えるお店があったりしました。こういうお店は率直に言えば不法占拠でして、30年近くそういう状態が続いていたそうです。大阪城公園と比べても、天王寺公園はとてもじゃないけど子連れで楽しくピクニック、みたいな場所ではありませんでした。

東京、上野公園の中に上野動物園があるのと同じように、天王寺公園内にも天王寺動物園があり、市内の小学校に通う子供たちはだいたい遠足で天王寺動物園に行くのですが、その行き帰りの道中ではたくさんホームレスの方々を見かけるので、引率の先生に「あっちを見るな」とか注意されながら向かったのを覚えております。長年そういう状態だったのが天王寺公園です。

その天王寺公園も大阪城公園と同じく民間に委託する事で「てんしば」という綺麗な施設が出来まして、公式HPを見ればなんとなくわかるかと思うのですがしょっちゅうイベントをやったりする活気のある場所に変わりました。

「天王寺」って、大阪では梅田・難波に次ぐターミナルでわりとデカい駅なのですが、再開発以前の「天王寺」って正直あんまイメージが良くなかったんですよ。でもハルカスが開業したりこの「てんしば」が出来た事でイメージ及び地価はだいぶ向上してるんじゃないでしょうか

とはいえ、再開発で活性化、というと聞こえは良いですが、大阪城公園や天王寺公園に住んでいたホームレスの方々は追い出された形になりますので、当時反対運動も相当ありました。「ジェントリフィケーションだ」という声はしごくもっともなものだと思いますし、立場の弱い人達を追い出すような結果になっている事は事実だと思います。それでもこういった公園の整備、活性化について今では多くの市民・府民の民意は歓迎する声の方が強いのではないでしょうか。この辺の関係は東京で言えば宮下公園の再開発と似ていますね。

・子育て支援のあれこれ

他にも維新の会がやった事の中に、学校給食の導入があります。僕が中学生の頃はお弁当だったので母親に作って貰ったお弁当を持って毎日学校に行っていたのですが、今では大阪府内全ての公立中学で給食制度を取っております。これが「もうお弁当を作らなくて済む!」と保護者に大変ウケが良かった。導入当初は「給食がまずい!」みたいな話もあった記憶がありますけど。

他にも学校給食の無償化や、世帯年収が一定以下の世帯に補助を出して公立・私立高校の授業料を実質無償化したり、中学の塾代に月1万円の補助を出したりもしました。保育園・幼稚園など幼児教育の無償化も全国では大阪が先駆けて実施※してたりもしますので、子育て世帯からこれらの政策はかなり歓迎されており、僕の世代だとちょうど子育て中の大阪の友達はもろにこの恩恵を受けていたりするのでわりとみんな「維新さまさま!」みたいなテンションです。

※読者の方にツッコミを頂いたのですが、南相馬市など大阪より早く実施してた自治体もあるそうです。とはいえ大阪がかなり早い段階から実施してたことには変わりありません

今でこそ東京都やお国が子育て支援をせっせとやりだして行政のトレンドみたいになっておりますが、この辺の施策は大阪の方が早かった。

・万博の成功

そして万博の成功です。ご存知の通り開催前はあらゆる方面からボッコボコに叩かれており、今は東京に住んでる僕も傍から「これはコケたら維新の会に相当ダメージ入るな~」と思いながら見てました。まあ強力に推進したのは維新の会なので、コケた責任を問われるのは仕方がない。

しかしながら蓋を開けてみると大盛況に大成功という感じで、特に大阪を中心に万博フィーバーが起こり、あれを体験した人達は「維新の連中は、あんだけ叩かれてよく耐えた!」くらいの気持ちになったんじゃないでしょうか。僕は正直そう思いました。僕自身もTwitterで「大屋根リング、『あんなもん要らんやろ』って叩いてごめんね。やっぱ必要だったね」って謝ったくらいです。

他にも色々あるんですけど、こういった公務員改革、公園の整備、子育て支援に万博なんかは目に見える形、わかりやすい形で府民・市民に伝わるため、「維新は頑張っとる」のイメージを形成するのに役立ってるんじゃないかと思います。

〇運

そして運です。「運」ってなんやねん、みたいに言われそうなのですが、例えば大阪駅北側の「最後の一等地」などと言われていたエリアの再開発がゴリゴリに進んで2013年にグランフロント大阪が開業したのですが、この大阪駅周辺の再開発によって周辺地域が活性化されてえらく賑わっていたりしますし、これによって周辺にタワマンがボコボコ建ち、つられるように福島や天満といった近隣のエリアにもずいぶん活気が出てきていて地価もずいぶんあがっております。友達は買った福島のマンションを転売して「4年タダで住んで1,000万もうかったわ」などとホクホク顔で言ってました。

更にはインバウンド観光客の流入です。黒門市場なんて僕が大阪に居た頃は閑古鳥が鳴いており、瀕死の状態でそのうちシャッター街になるのかな、なんて思っていたくらいですが、今ではインバウンド観光客がわんさか押し寄せて元気よくボッタクリ商売をはじめるまでになりました。くれぐれもあの辺で買い物はしないでおきましょう。

道頓堀も言うまでもなくインバウンド観光客で賑わってますし、鶴橋のコリアンタウンも「昭和そのまんまやん」みたいな状態で焼肉エリア以外は人出も少なかったのが、お隣の桃谷駅と同じく最近の韓流ブームを受けて今風のチャミスルをクルクルまわして飲むような韓国風居酒屋がボコボコ出来ており、若い人であふれるようになりました。

先ほど言ったように天王寺では「ハルカス」が営業を開始して賑わうようになりましたが、これも近鉄の事業ですし別に維新が主導して行ったわけではありません。

そんなわけで、インバウンド観光客の流入や梅田・難波・天王寺・鶴橋など各ターミナル駅の活況ぶりは維新の政策とはあんまり関係ないというか、維新があれこれやらなくても民間が勝手にえっちらおっちら開発していたはずのものなんですけど、維新が政権取ってからの出来事ではあるのでなんとなく「維新に変わってから大阪がよくなった!」というイメージの強化に繋がっていたりするのかなぁと。あ、あとはUSJのV字復活もありますね。これも森岡さんの手腕で維新の政策はあんまり関係ない。つまりまあ、この辺は運です。政権交代のタイミングが良かったとしか言いようがない。僕が大好きな「野良の大阪」こと布施もなんとかしてください。

〇大阪自民時代のひどさ

そして最後にして一番デカい理由がこれです。維新が政権を取るまでの大阪行政は本当にひどかったんですよ。りんくうタウンだのWTCだのいわゆるハコモノ行政の大失敗でとんでもない額の借金が膨れ上がる一方、カラ出張にカラ残業で私腹を肥やす公務員が野放しになっててそりゃあ大阪府民からしたら「なんやねん」ってなるじゃないですか。

「運」の所で書いたように、インバウンド観光客も今ほどいないし、梅田や天王寺の再開発以前の話だったので人口もどんどん流出するし、大阪を見限った大企業は本社を東京に移転するし、天王寺公園や大阪城公園は汚いまんまだし、明るい話題が本当に無かったんですよね。明るい話題と言えば万年最下位だった阪神がちょっと強くなった事ぐらいじゃないかと。

でも今では雇用や人口流入に地価といった各種数字も全国平均以上にどんどん改善していて、これは「運」の所で述べたように維新の政策のおかげと言うよりタイミング・運のおかげという部分の方が大きいと思っているんですが、それでも大阪自民のまんまだったら関空のアクセスの悪さとか、巨額に積みあがった借金、公務員の問題なんかはナアナアで進んでいたんじゃないかという気もするので、「大阪自民だったら維新より良い政治が出来て、各種指標がもっと良くなっていたはず」みたいな期待感はありません。国政で言えば民主党政権時代を嫌って自民党に投票する「消去法」的な投票行動、「大阪自民の時代よりは今のほうがましでしょ」くらいの感じで維新に投票している人はかなりいるはずです。

〇まとめ

あとは御堂筋をライトアップしてやたらと光らせてみたり、大阪城をプロジェクションマッピングで落城させてみたり、万博にカジノに「維新は派手なことがお好きですなぁ」と思うフシもあるのですが、でも派手な事・お祭り騒ぎ的なものを主導して、なんとなく楽しげな雰囲気を見せるのはけっこう大事な事だと思っています。

楽しげな地域って、それだけで人を惹きつける魅力になりますからね。僕は総理大臣の菅さんの支持率が下がってあっさりおろされちゃったのって「なんか暗い」という事に集約されるんじゃないかと思ってるくらいでして、あれ、もっと笑顔で楽しげにしてるだけで結果は随分違ったと思うんだけどなぁ。安倍さんはその辺上手かったんだよなぁ。高市さんの支持率が高い理由も、この「いつも笑ってる」っていう要因がデカいんじゃないかと思ってます。

ともあれ、そんな風に派手で楽しげな感じになってる大阪は関西圏でひとり勝ちの勢いで人口流入が続いています。それでいて財政の健全化を進めていたりするし、維新以前に比べればそういった派手・楽しげなものも含めて「大阪が明るくなった」「明るい未来を夢見れようになった」っていう事は言えるんじゃないかと思っています。借金まみれでハコモノはことごとく失敗し、明るい話題が何にもなかった大阪自民の時代とはえらい違い。それこそが維新が強い本当の理由なんじゃないかと。

もちろん維新の政策に反対する人達もたくさんいます。公園整備の所で書いたように弱者切り捨ての側面は否めませんし、学校や児童文学館、スポーツセンターの統廃合などは典型的な選択と集中で廃止される施設の近隣住民にとっては受け入れがたいことでもあるでしょう。

とはいえ、維新の政治になってからもう十何年も経ってますし、維新が躍進するたびに関西圏外から「維新に騙されてる大阪人はバカだ!」とか「関西のメディアのゴリ推しだ!」「大阪人はアホ!」とか言う人が一定数出て来るのですが、実際大阪の人が「大阪が良くなった」「大阪が明るくなった」と思ってなきゃ維新がここまで勝ち続けて更に支持を伸ばすなんてありえないわけですよ。その辺をちゃんと理解した上で是々非々の批判をしないと大阪の人からしたら「何を言うとるんや?」で一蹴されて終わりな気がします。各政党、かつその支持者も切磋琢磨しながら頑張っていきましょう。

※PS こんだけ書いておきながらあれですが、明日の比例はチームみらいに入れるつもりです。

By
ヨッピー