20代後半から、身体のケアを本格的にやるかどうかで、その後の人生はわりと露骨に分かれます。
これは根性論でも健康オタクの話でもありません。
単純に無理が効く時期は有限だからです。
20代前半までは、多少寝なくても、食生活が荒れていても、気合で乗り切れます。疲れていても、数日休めば元に戻る感覚がある。
自分はまだ大丈夫と思える時期です。
ただ、30代に入ると、その感覚が急に通用しなくなります。
同じ無理をしているのに、回復に時間がかかる。
集中力が続かない。以前なら流せていた疲れが残り続ける。
ここで重要なのは、年を取ったから仕方ないという話ではないという点です。
20代後半は、これから先も戦える身体を仕込める最後の猶予期間でもあります。
身体は「気合」で回すものではなくなっていく
20代の頃、身体はかなり雑に扱っても動いてくれます。
寝不足が続いても、食事が乱れても、忙しさが重なっても、どこかで回復する。この感覚があるうちは、身体の問題は表に出てきません。
無理が成立している間は、それを無理だと認識できない。
少し調子が落ちても、疲れているだけだと処理できてしまう。
だから身体のケアは、時間に余裕ができてからやるもの、という位置づけになります。
30代に入るとこの前提が崩れ始めます。
生活は変わっていないのに、集中が切れるのが早くなる。
踏ん張りが効かない日が増える。
回復しきらないまま、次の負荷を迎える感覚が残る。
これは衰えというより反応の変化です。
これまでの使い方に対して、身体が同じ答えを返さなくなってきただけ。
気合で押し切るやり方が、徐々に合わなくなっている。
この段階で選択を誤ると、二択に寄っていきます。
さらに頑張って埋め合わせるか、最初から出力を下げるか。
どちらも短期的には成立しますが、長期では歪みが出ます。
ここで必要になるのは、頑張り方を増やすことではありません。
身体の扱い方そのものを見直すことです。
身体を消耗するものとして使い続けるのか。
それとも、安定して価値を出すための土台として扱うのか。
この違いは、すぐに結果としては現れません。
ただ、数年単位で見ると差がはっきり出てきます。
20代後半は、まだ無理が成立する側にいながら、その限界が見え始める時期でもあります。だからこそ、このタイミングで身体をどう位置づけるかが効いてくる。
何を目指すかより先に、どんな状態で走り続けたいのか。
その問いを持てるかどうかがこの先を分けます。
身体のケアは成果を安定させるための準備
20代後半から身体のケアを始める意味は健康になることではありません。
元気に見せることでも、長生きすることでもない。
一番の目的は出力を安定させることです。
仕事でも創作でも、人に価値を出す場面では、調子がいい日にだけ力を出せても意味がありません。一定の質を、一定の時間、継続して出せるかどうか。そこで初めて信頼や成果が積み上がります。
20代のうちはこの安定を意識しなくても何とかなります。
多少崩れても数日で戻せるからです。
だから無理が前提の生活でも結果だけは出せてしまう。
ただ、30代に入るとズレ始めます。一度崩れた調子が、思ったより長く尾を引く。戻したつもりでも、どこかに違和感が残る。
その状態で同じペースを求めると、仕事の質から先に落ちていきます。
ここで多くの人は、時間管理や気合で解決しようとします。
効率を上げようとしたり、予定を詰め直したりする。
それ自体は間違いではありませんが、土台が不安定なままでは限界があります。
身体のケアを戦略として考える、というのは、努力を減らすための話ではありません。努力がきちんと成果に変わる状態を、先に整えるという考え方です。
睡眠、食事、運動。
この話題が軽く扱われがちなのは、即効性がないからです。
やっても今日の成果はほとんど変わらない。だから後回しにされやすい。
ただ、ここに手を入れておくと、数か月後、数年後に「崩れにくさ」として効いてきます。無理をしたときに立て直せる。忙しい時期を抜けたあと、ちゃんと戻れる。
20代後半で仕込むべきなのは、完璧な健康習慣ではありません。
自分がどこまでなら崩れて、どこからなら戻せるのか。
その感覚を身体で把握しておくことです。
それができている人は、人生の後半で無理をしなくても、必要な場面でちゃんと力を出せます。
20代後半で仕込むのは強い身体ではない
20代後半でやるべき身体のケアは、何かを足して強くすることではありません。自分の限界を早めに知っておくことです。
限界を知らないと、超えたあとで初めて身体の声を聞きます。
倒れる、壊す、長く調子を崩す。そうなってから、やり方を変えようとする。ただ、その段階では選択肢がかなり減っています。
一方で、余力が残っている時期なら、身体はもっと小さなサインを出しています。少し寝不足が続いたときの感覚。食事が乱れた週の集中の落ち方。
忙しさが重なったときにどこから崩れ始めるのか。
この段階でそれを無視せず自分の身体の癖として把握しておく。
それが後になって効いてきます。
ここで言うケアは、模範的な生活を送ることではありません。
毎日完璧に整える必要もない。大事なのは、崩れたときに戻れるラインを知っているかどうかです。
どこまでなら踏み込めるのか。
どこを越えると回復に時間がかかるのか。
それが分かっていれば無理をする場面も選べます。
20代後半でこの感覚を持てている人は、30代以降に無理をしなくなります。
正確には、無理を「使い分けられる」ようになる。
常に全力で走る必要がなくなる。
本当に踏み込むべき局面だけ出力を上げられる。
これが仕事の質や判断の精度にそのまま表れます。
身体のケアを仕込むというのは、自分を甘やかすことではありません。
長く価値を出し続けるために、自分の扱い方を先に理解しておくことです。
身体を整えるのは人生の選択肢を減らさないため
身体のケアを後回しにしてきた人ほど、それをやり始める理由を「不調が出たから」に求めがちです。どこかが痛くなった、集中できなくなった、疲れが抜けない。そうした変化をきっかけにようやく向き合う。
ただ、その段階ではすでに選べる道が少なくなっています。
仕事の量を減らすか、無理を続けるか。
どちらも本当の意味で納得できる選択ではありません。
20代後半から身体を整えるというのは、この二択に追い込まれないための準備です。まだ余力があるうちに、自分の状態を把握しておく。
それだけで、後の判断の幅は大きく変わります。
身体が安定していると人生の設計が極端になりません。
全力で突っ込むか、諦めるか、という判断をしなくて済む。
踏み込む時期と、抑える時期を自分で選べるようになる。
気合があるかどうかの話ではありません。
自分の時間とエネルギーをどこに配分するかという話です。
限られたリソースを、価値のあるところに出し続けるための前提条件として身体がある。
20代後半はその前提を整えられる最後の時期です。
この先の人生で何を出していきたいのかを考える前に、その問いに耐えられる状態をつくっておく。
それだけで30代以降の選択はずっと楽になります。


